増田貴久さんからKENさんへの質問
Question
(TIECHEL 増田貴久さん)ワインディングチャンピオンだったKENさんへ
その頃の自分を今振り返ってどう思いますか?
Answer
(aura KENさん)そのころって、とにかく無我夢中で。
コンテストを頑張れば
美容で生きていけるのかなって思って
それを信じてやっていました。
僕が最初に入った自由が丘のサロンは
コンテストに熱心なサロンだったんです。
でもサロンで僕だけ通信教育で、
あまりにもみんなと比べてへたくそだったんですよね。
何回コンテスト出ても失格失格。
タイムオーバーで失格するんです。
毎回失格ばかりだと凹むじゃないですか。
もう、目黒川にウィッグを捨てちゃおうかと
思ったりしたこともあります。
先輩に「お前は決してうまくないから
人の4倍、5倍練習しないとダメだ」って言われて
通信の僕をひろってくれたサロンだったから
本当にそれを素直に聞いて頑張っていましたね。
今思えば、それが楽しかった。
実はドMです。
何言われても傷つかない。
その経験はプラスになりました。
当時の僕は今振り返っても
めちゃめちゃ頑張ってましたね。
お金がどうとか全然関係なかった
アシスタント時代って
本当に部活みたいな感じで素直だったと思うんです。
そうやって練習しまくって
アシスタントの2年目のコンテストで
ずっと失格ばかりだった僕が
チャンピオンになったんですよ。
ワインディングとウィッグカットと
両方優勝したんです。
HAIR DIMENSIONにいったのはそのあとですね。
最初、青山のサロンに特に興味はなかったんです。
ただ、当時の街のサロンって
ほとんどSHIMAさんとかboyさんとかみたいな
Zipper系の髪が多かったんですね。
僕がいた自由が丘のサロンもそうで、
女の子でも前髪刈り上げたりしていて。
ほとんどそういうのが主流だったんです。
ACQUAさんがやっていたハンドブローの時代。
今でこそ、街のサロンも一般誌に出ているようなヘアスタイルが主流ですけれど、
当時は美容雑誌を読んでいる美容師さんがほとんどで。
僕は、どっちかというと当時から
CanCamとかJJみたいなお姉さん系の髪型が好きで、
いつになったらそういうヘアをお客さんにできるのかなって思ったら、
このサロンでは違うんだなーということに気づいて。
ブロー力が強いサロンにいきたいなと思ったんです。
方向性が違うかなと思って。
それで、HAIR DIMENSIONを受けました。
そんなアシスタント時代でしたー。